本稿は、四十歳を前に初めて海外へ出て、一人で日本を旅した筆者の記録である。 ソフトウェア開発における「リファクタリング」を比喩に、浅草寺近くの飲食店での支払いのトラブル、大阪の飲食店で受け取った中国語の食べ方ガイド、チェーンホテルでのスタッフの対応という三つの出来事を通して、出発前に抱いていた思い込みを見つめ直していく。 旅によって日常生活そのものが変わったわけではない。しかし、自分が触れてきた情報や経験だけで世界を判断していたことに気づき、世界の見方が少しずつ変わっていく。一度の旅ですべてがわかるわけではない。それでも、自分の知らない世界に目を向けるきっかけにはなった。
リファクタリング(Refactoring)は、ソフトウェア開発で使われる言葉だ。簡単に言えば、プログラムの動作を変えずに内部の構造を整理し、コードを読みやすく、保守しやすくすることを指す。
人にも、少し似たところがあると思う。暮らしそのものは変わらなくても、ある経験をきっかけに、世界の見方や物事の捉え方が静かに変わることがある。
今回の日本旅行は、私にとってそんなリファクタリングのような経験だった。
一、出発前の未知
三十代になってからの旅は、二十代の頃とはずいぶん違う。体力も落ちたし、知らない街をあちこち歩き回りたいという気持ちも、昔ほど強くない。どこも似たような屋台が並ぶ通りを歩いていると、楽しいというより、かえって疲れてしまうこともある。
ある日、親しい友人から海外旅行に行ってみないかと勧められた。
最初に考えたのは東南アジアだった。中国のパスポートでも比較的行きやすい国がいくつかあり、条件によってはビザなしで入国できるところもある。それに、場所によっては中国語が通じるので、言葉の壁に対する不安も少しは和らぐかもしれないと思った。
その後、別の友人から日本はどうかと勧められた。日本は近いけれど、日常とは違う環境を体験できる場所でもある。もっと気軽に行ける旅行先と比べると、ビザの申請に必要な書類をそろえたり、事前にいろいろ準備したりする必要があり、出発までに考えることも多かった。
それでも、思い切って行ってみることにした。
ビザの申請書類を準備する中で、普段は当たり前だと思っていた安定した仕事や収入が、ビザを申請する際には、自分の状況を説明するための大切な資料にもなるのだと気づいた。
申請は無事に通った。
これが私にとって初めての海外旅行だった。出国の際には、追加でいくつか質問されたが、正直に答えると問題なく通過できた。日本に到着してからの入国手続きも、思っていたよりずっと簡単だった。
なんだ、思っていたほど大変なことでもないのかもしれない。
ただ、実際に出発する前から、私の頭の中ではいろいろなことが先回りしていた。日本についてネットで調べると、興味を引かれる情報もあれば、冷たい対応をされたり、差別的な扱いを受けたりするのではないかと不安になる情報もあった。
まだ誰に会うかもわからないのに、起こりそうなことをあれこれ想像していた。
私はそれを、未知のことに備えるための準備だと思っていた。
でも、実際に知らない環境に身を置いてみて、ようやく気づいた。リスクに備えることと、何が起こるかを先に決めつけてしまうことは、まったく別のことなのだと。
二、予想と現実
1. 忘れた財布
東京の浅草寺近くで食事をしていたとき、財布を持ってくるのを忘れたことに気づいた。
海外ではカードの不正利用が心配だったので、物理的な銀行カードは持っていかず、Apple Payを使うことにしていた。財布には少し現金を入れていたのだが、その財布自体を持たずに出かけてしまった。
しかも、その店の決済端末はApple Payに対応しておらず、支払いは現金か物理カードのみ。WeChat PayもAlipayも使えなかった。
食事はもう済んでいる。問題は、どうやって支払うかだった。
翻訳アプリを使って、中年くらいの店主に事情を説明した。現金を持っていないので、人形町にあるホテルまで戻ってお金を取ってきて、あとから支払いに戻ってもいいかと尋ねた。
そのとき、私はかなり緊張していた。店主に食い逃げしようとしていると思われるのではないか。言葉が通じなければ、事情を説明するのも難しいのではないか。たかが財布を忘れただけなのに、頭の中ではすでに言い争いまで想像していた。
店主は私を見て、うなずいた。
心配していたような言い争いは起きなかった。私はホテルに戻って現金を取り、再び店に戻って代金を支払った。金額は二千円もしなかった。
あとから振り返ってみると、あのとき怖かったのは、単に支払いができないことだけではなかったのだと思う。
知らない土地で、ちょっとしたトラブルを起こしただけで、「ルールを守らない人」だと思われてしまうのではないか。そんな不安があった。
何かが起きる前から、相手が自分を疑う場面まで勝手に想像していたのだ。
もちろん、この小さな出来事だけで、誰もが同じように対応してくれるとは言えない。それでも、一つ気づいたことがある。
目の前の問題そのものだけでなく、まだ起きてもいないことや、頭の中で勝手に想像した結末が、自分を余計に疲れさせていることもあるのだ。
2. 思いがけない中国語のガイド
次の出来事は大阪で起きた。
大阪に着いた初日の夜、ショッピングモールの中で、なかなか雰囲気のよさそうな焼肉店を見つけた。そこで二人前のセットを注文したのだが、その中には店の看板メニューの、うなぎがのったご飯も含まれていた。
注文して間もなく、店員の女性がまっすぐ私のところへ歩いてきた。
その瞬間、胸が少しざわついた。また何か問題でもあったのだろうか、と身構えた。
ところが、彼女が持ってきてくれたのは、うなぎがのったご飯の食べ方を中国語で説明した案内だった。まず醤油を加えて混ぜ、そのあとにだしを注いで食べる。店おすすめの食べ方が、中国語でわかりやすく説明されていた。
実は、東京ですでにうなぎがのったご飯を食べていたので、一般的な食べ方は知っていた。それでも驚いたのは、この店独自の食べ方があり、店員が自分から中国語の案内を持ってきてくれたことだった。料理をもっと楽しんでもらいたい、という気持ちが伝わってきた。
もう一つ不思議だったのは、入店してから注文するまで、私が話したのは英語だけだったことだ。中国語は一言も話していなかった。
それなのに、彼女はすでに私が中国人旅行者だと気づいていたらしい。
会計の前に、どうして私が中国人だと思ったのか、思い切って聞いてみた。
彼女によると、日本人が一人で食事をするときに、二人前のセットを注文することはあまりないそうだ。それに、私の短い髪やTシャツ、短パン姿、そして歩き方がどこか自然体に見えたことも理由の一つだったという。
私は笑って、お礼を言った。
出発前、私は中国人であることが相手の態度に影響するのではないかと心配していた。冷たい対応をされる可能性まで、先回りして想像していた。
でも、このときは中国人旅行者だと気づかれたからといって、何か困ったことが起きたわけではなかった。それどころか、ちょっとした心遣いを受けた。
もちろん、一枚の中国語の案内があったからといって、誰もが中国人旅行者に親切だと証明できるわけではない。国籍やアイデンティティ、偏見についての疑問が、これですべて解決するわけでもない。
ただ、現実はいつも、自分が頭の中で書いた筋書きどおりに進むわけではない。そんなことを改めて感じさせてくれる出来事だった。
3. 見慣れたサービス、初めて感じた安心
東京でも大阪でも、私は同じホテルチェーンのホテルに泊まった。
スタッフは私の中国のパスポートを確認したあとも、セルフチェックインの機械の使い方を丁寧に教えてくれ、ホテルのルールについても一つひとつ説明してくれた。
特別なことではない、ごく普通のサービスだったと思う。それでも、そうしたやり取りを重ねるうちに、出発前から抱えていた不安が少しずつ和らいでいった。
心配することの中には、現実的な根拠があるものもある。でも、実際に経験してみなければわからないこともあるのだ。
三、知っているつもりだった世界
振り返ってみると、ビザの手続きも、言葉の壁も、慣れない環境も、出発前に想像していたような大きな障害にはならなかった。
この旅を通じて気づいたのは、慣れた環境に長くいると、自分が触れてきた情報や、これまでの経験、そこから生まれた判断を、世界のすべてであるかのように思い込んでしまうことがある、ということだ。
私たちは、自分の知らない世界についても、ある程度わかっているつもりになることがある。でも実際には、誰かが語った世界や、自分が限られた情報から想像した世界に慣れているだけなのかもしれない。
実際に外へ出てみて初めて、自分が世界について知っていることは、思っていたよりずっと少ないのだと気づいた。
それまで疑いもしなかった考えが、実際に経験してみると、必ずしも正しいとは限らない。起こるに違いないと思っていたことも、実際には何も起こらないことがある。
もちろん、一度の旅行で、自分の知らない世界のほうが必ずよいと証明できるわけではない。現実に存在するさまざまな制約が、旅をしただけでなくなるわけでもない。
それでも、この旅は自分のものの見方を見直すきっかけになった。自分の経験の先には、まだ知らないことがたくさんある。そして、自分にはまだ学ぶべきことがたくさんあるのだと気づかせてくれた。
四、リファクタリングは続く
日常に戻っても、仕事は変わらない。相変わらず一人で暮らしているし、家に帰る道も以前と同じだ。
変わったのは、周りの暮らしではなく、世界の見方だった。
これから知らないことに出会ったときには、確かめてもいない思い込みを少し減らし、実際に起きることをもう少し素直に受け止めたい。
それは、用心することをやめるという意味ではない。ただ、物事が始まる前から、結末を決めつけないようにしたいのだ。
旅に出たからといって、すべての問題が解決したわけではない。ただ、自分が知っている世界が、世界のすべてではないと気づかせてくれた。
システムはまだ稼働中。リファクタリングも、これから続いていく。
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